3.11

あれから7年。思ったことを少しだけ…

私の住む山形県は地震の被害が最小限だったため、建物やインフラへのダメージがほとんどなく都市の機能も早急に復旧しました。電力が復旧しテレビで情報を得られるようになり、各県で起きている状況を知り、あまり被害の差に愕然としました。隣県の甚大な被害に比べればほとんど無傷だったといっても過言ではないと思います。ですから、私を含め私の周りの人々の多くは、支援する立場として震災に関わることが多かったように思います。

今、私が住む街の中に地震の痕跡を感じられるものは、ほとんどありません。
日常生活の中でも震災を思い出すことも少なくなりました。

保管している当時の新聞を読み返すと、地震が起きた日の行動や会話、
思ったこと、感じたことが、まだ相当生々しく思い出されます。
当時は3歳と1歳のKazuどSomaは地震のことをほとんど覚えてはいないと思います。
Koharuは震災後に生まれたので、震災自体を体験していません。

子供たちがもう少し成長したら、この新聞を見せながら、
東日本大震災について話してみたいと思っています。

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